こんにちは、フルタイムRubyコミッタの遠藤です。
Ruby 3.0が出てもう4ヶ月経ってしまいました。最近のTypeProfの開発ですが、vscode拡張として使えるようにするために、一生懸命Language Server Protocolをいじって遊んでるところです。
今日の成果です。
— Yusuke Endoh (@mametter) 2021年4月2日
RBS が .rb と別ファイルなのが面倒という問題、vscode 拡張をちゃんと作れば解決できそう(まだ実現可能性を調べただけで中身はありません)。 pic.twitter.com/tv6xB0Tm59
こっちのほうはまだ実験段階なので、まとまったころに説明するとして、今回は、Ruby 3.0リリース後にほそぼそとやっていたemrubyをご紹介してみます。
emrubyとは
ブラウザの上で動くMRI(Matz Ruby Interpreter)です。
「エムルビー」だと組み込み向けRuby実装の mrubyと紛らわしいので、「イーエムルビー」と読んでください(とmatzに言われています)。
デモ
このページを開いてみてください。
"Code"の下のエディタ部分にRubyコードを書き、Runのボタンを押すと、実行結果が"Result"の下に出てきます。
たとえば
p 1 + 2 + 3 + 4 + 5 + 6 + 7 + 8 + 9 + 10
と書いて実行すると 55
と出てきます。
require"stringio" p StringIO.new("foobar").read(3)
のように(一部の)拡張ライブラリも使えます。
JavaScriptでは考えにくいですが、同期的なウェイトも可能です。
puts "waiting..." sleep 1 puts "done"
とても実験的ですが、JavaScriptコードを呼び出すことも可能です。
p emscripten_run_script_int(<<JAVASCRIPT) (function() { var sum = 0; for (var i = 1; i <= 100; i++) sum += i; return sum;})();JAVASCRIPT
JavaScriptで1から100まで足して、その結果をRubyのKernel#p
メソッドで出力します(いまのところ、intの返り値しか対応してません)。
技術的な話
原理的には、C言語ソースコードをWebAssemblyにコンパイルしてくれるEmscriptenを使ってMRIをコンパイルしただけです。
しかし現実的には、コンパイルだけでも細々とした修正や対応が必要でした。
- Emscriptenでは使えないC APIをいろいろケアした(たとえばIO.popenはNotImplementedErrorにしたとか)
- 保守的GCがそのままでは動かないので、Emscriptenが提供している保守的GC用のAPIを使うようにした *1
- 動的リンクは実験的サポートらしかったので、必要な拡張ライブラリを静的リンクするようにした
- その他こまごまとコンパイルオプションを調整した
これらの変更はRubyソースコードへのパッチにする必要がありますが、幸いコミット権限を持っているので、すでにmasterを更新してあります。パッチを管理しなくてすんでよかった。
コンパイルしてみたい人は、emscriptenを使えるようにして(Emscriptenのドキュメント参照)、Rubyのmasterブランチを次のようにコンパイルすると ruby.wasm などができるはずです。
$ ./configure \ --build x86_64-pc-linux-gnu \ --host wasm32-unknown-emscripten \ --with-static-linked-ext \ --with-ext=ripper,date,strscan,io/console,…,psych \ optflags=-Os debugflags=-g0 \ CC=emcc LD=emcc AR=emar RANLIB=emranlib $ make
フロントエンド、といってもemrubyは全部フロントエンドですが、特にユーザインターフェイスの部分はNext.jsとxterm.jsとcodemirrorで自作しています。↓のHackarade(社内ハッカソン)に乗っかってエイヤと作りました。
想定問答
なんで作ったの?
RubyがWebフロントエンド市場に本格的に進出する足がかり!という意気込みが当初は少しだけありました。実際、WASMが話題になった2017年ごろは、ブラウザでも適材適所で言語を選べるのでは、という期待感があったと思います。が、最近のTypeScriptの隆盛を見ると、なかなかそういう感じにはなってないですね。やっぱりJavaScriptは強い。
しかしそれでも、RustやGoやKotlinなど、最近の言語はWASM対応をうたっていることが多いです。どの言語がどのマーケットをとるかは運ですが、動いてない言語は候補にもならないので、動くようにしておくことは大切かなと思っています。宝くじを買う気分。*2
などと適当なことをいいましたが、正直に言えばJust for funなところが大きかったです。ブラウザの上でRubyが動くのはそれだけで楽しい。
完成度は?
rubygemsやirbも含めて一応動いています。意外と動くなあ、という感じです。
https://mame.github.io/emruby/irb/
とはいえ、やはりEmscriptenは普通の環境ではないので、普通の環境のMRIに比べるといろいろ問題があります。たとえば、Fiberが動かない*3、Threadも動かない、など。もし興味のある人がいたら一緒に改良しましょう。
(ちなみにirbのデモではSharedArrayBufferを使っているのですが、これはChrome 91から制限が強化されるらしいので、Chrome 90以前でしか動かない見込みです。Chrome 91は5月にリリースされるらしいので、つまり、今しか動きません……)
なお、もし今すぐブラウザの上で動くRubyを書きたいなら、Opalを検討するのがよいと思います。他には、次の記事も参考になると思います。
まとめ
ブラウザの上で動くMRI、emrubyを紹介しました。遊んでもらえるとうれしいです。
先日銀座Rails#32でもemrubyについて話したので、発表資料を貼っておきます。Rubyのビルドプロセスや、Emscripten自体に興味がある人は面白いと思います。
www.slideshare.net*1:マシンスタックやレジスタを走査してオブジェクトの参照を探すということをするのですが、そのためにスタックの先頭と終端を得るAPI emscripten_scan_stack やレジスタをスキャンするためのAPI emscripten_scan_registers がEmscriptenによって提供されていたので、それらを使うようにしました。
*2:似たような気持ちで、AndroidエミュレータでもRubyをCIテストしてたりします。こっちは意外と全テストが完走するのですごい。だれかiOSもやらないかな。
*3:emscripten_fiber_init や emscripten_fiber_swap などのAPIを使っているので、動くはずなのですが、minirubyでは動くけどrubyでは動かない状態です。原因もよくわからないので、デバッグが必要。